2016年

2月

28日

発達障害とは「欠如」ではなく「ずれ」である

 

 

本書『発達障害の素顔 脳の発達と視覚形成からのアプローチ』で取り上げられる発達障害は、教育現場でその問題が指摘される自閉症スペクトラム障害やディスレクシアなどから、遺伝子疾患によるウィリアムズ症候群まで幅広い。発達障害そのものではなく、「乳幼児の心と脳の発達」を研究の重心としてきた心理学者である著者は、従来は社会性の障害であるといわれていた発達障害に、視覚情報処理とその発達という科学的知見から新しい光をあて、これらの障害が何に起因するどのようなものであるかを丁寧に教えてくれる。■ 自閉症のポイントは、欠如ではなく視点のずれにある


 この世に生まれ落ちたばかりの赤ちゃんがどのように視覚を獲得し、脳を発達させ、世界を理解していくのかを知ることは、発達障害を抱える人々が見ている、感じている世界がどのようなものなのかを解明する助けとなる。さらに、そのようにして他者の視点を想像することは、わたしたち自身が世界をとらえる方法、社会と対峙する方法をより豊かにする。

 自閉症のポイントは、何らかの欠如ではなく視点のずれにある、と著者は説く。例えば、視力がよく生まれた新生児は、顔の細かな部分まで見分けることができるが故に顔の全体を把握することが困難となり、自閉症の特性を示すことになるという。多くの人と異なる個性的な行動を取る人、誰もが理解できる心の機微を理解できない人を見ると、ついそんな人には何かが欠けているのではないかと考えがちだ。しかしながら、それらの人々は単に違う角度から世界を見つめているだけかもしれない。

 そもそも発達障害と一口に言っても、その全てに共通する脳の障害があるわけではなく、平均的な軌跡とは異なるプロセスを示すところにその特徴がある。そして、発達障害がその他の障害と最も異なるのは、その障害が刻々と変化していくこと。そのため、自閉症の診断は、2歳半から3歳になるまで確定が困難だという。1歳頃まで発達が平均から遅れているように見えていた子が、2歳を目前に急速な発達を見せるようなこともよくあるためである。

 

本書では、基本的な脳の仕組みや発達過程も分かり易く解説されている。未完成な状態で誕生するヒトの脳は、環境にあわせて変化し、適応していく。そのため劣悪な環境で育ったり、十分な刺激を受けることのできないような障害があったりすれば、発達は順調には進まない。

 ところが、脳には可塑性があるので、問題が生じた脳を再構築することもできる。例えば、網膜をレーザーで破壊するとその網膜に対応した大脳皮質の神経活動が失われるにも関わらず、3ヶ月もすれば破壊された網膜に隣接した部分が欠損部分の代わりの役割をし始め、神経活動はこともなげに再開するのだ。年齢を問わず、脳は環境に応じて良い方向にも、悪い方向にも進みうるということである。

 性的虐待は、間違いなく悪い環境であり、脳にダメージを与える。子どものときに性的虐待を経験した大学生の脳を調べると、視覚野の減少が見られたという。また、虐待を受けた時期によってダメージを受ける脳の箇所が異なる。3歳から5歳では記憶を司る海馬、9歳から10歳では左右の半球をつなぐ脳梁、そして14歳から16歳では自制に必要な前頭前野の容積が減少しているのである。著者は、幼い時はおぞましい記憶そのものを無くそうとし、長じては学習や記憶・犯罪抑制機能を低下させようとしているためではないかと推測している。

■ 自閉症児は集中力が足りないのではない

 わたしたちは現実世界をそのままに見て、聴いていると考えがちだが、実際に知覚されている映像や音は、生の情報がフィルタリングされ統合されたもの。雑音の中でも自分の名前が呼ばれれば直ぐに聞き取れるように、我々の脳は巧みに情報を処理して、有用な形状に加工してくれているのである。自閉症を持つ人の中には環境音をシャットアウトすることが難しく、ショッピングセンターのような騒音が多い場所で会話ができない人もいる。教室の机にじっと座って授業を聞くことができない自閉症児は集中力が足りないのではなく、教師の足音、となりに座る児童のちょっとした仕草、壁に貼ってあるポスターなどのノイズが多すぎるのかもしれない。そのため授業に集中できなくても、整理された限られた情報だけが、決まった大きさのモニターから提供されるコンピューターゲームなどには人並み外れた集中を発揮することもある。

 本書では他にも創意工夫あふれる実験が明らかにした、脳が変化していく過程、コミュニケーションにおける顔と視線の重要性、社会脳の多様なあり方などが紹介されている。英国の心理学者バロン=コーエンは、「自閉症スペクトラム障害」ではなく「自閉症スペクトラム症状」という用語の使用を提唱している。自閉症の状態は連続体をなすものであり、どこからが障害で、どこからが正常などという明確な線引きはできないからだ。重要なことは、本来的に多様な人々を平均や多数の姿を基に形成された社会に合わせこむよう矯正することではなく、幅広い個性を包摂できる社会のありようを考え、その構築を目指すことなのかもしれない。

 

東洋経済オンライン

 

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