2016年

5月

17日

理解が追いつかない「発達障害」と生きる 医師も親も迷っている

 

 

2005年に「発達障害者支援法」が施行され、丸11年が経過した。今年は法改正の動きもある。だが、「発達障害」という言葉だけが先行し、困難さを伴う日常への理解と支援の手が追いついていない。(ライター・古川雅子)

「うちの子、なんかおかしい?」

 小学5年生の長女がいる母親は、長女が幼児の頃にそう気づいてから診断がつくまで、気が遠くなるような時間を過ごした。

 ベビー講座でよその子が母親のひざの上で手遊びしていても、長女はハイハイで脱走。歩き始めてからは、店で商品を取ろうと一瞬手を放すと、あっという間に消えていなくなった。自宅ではカーテンをレールごと引きちぎり、ふすまに穴を開け……。歯みがきをさせるだけで、この世の終わりのように泣き叫んだ。

「いつも、ご近所から虐待を疑われ通報されるんじゃないかとびくびく生活していました」

 3歳半健診の時に相談した保健師は、「聞かれたことには答えられるし、子どもはこんなもの」と取り合わなかった。

 たまたま別の地区に引っ越して、巡回の保健師に状況を話すと、すぐに病院につなげてくれた。長女は「自閉症スペクトラム」と診断された。

「ショックはあったけれど、診断がついてほっとした部分もありました。私の育て方の問題じゃなかったんだと」

 自閉症は知的に遅れのない場合、より発見されにくい。

「最初の保健師さんは、スパンッと切るのじゃなく、いつでも連絡できる窓口などの情報を教えてほしかったと思います」

●広範な診断名一括りに

 自閉症はいま「発達障害」の一つに括られている。発達障害と総称される診断名や症状の範囲は、ことのほか広い。2005年に施行された「発達障害者支援法」では、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、その他これに類する脳機能の障害であって、その症状が通常低年齢において発現するもの」と定義された。最近は言葉を円滑に話せないチック障害の一部や吃音(きつおん)なども、発達障害に括られている。

 だが、発達障害という言葉の「共通の理解」は無きに等しい。自閉症やアスペルガー症候群など「自閉症スペクトラム障害」は、円滑なコミュニケーションが難しいことなどが特徴だが、おしゃべりな子がいたり、知的レベルが人並み、あるいはそれ以上の場合もあることは知らない人もいる。聞きかじりで「学習障害」のみを思い浮かべたり、「注意欠陥・多動性障害」(ADHD)に見られる片付けの苦手さ、立ち歩きなどの特徴を連想したりする人も少なくない。

 これほど違うのに、なぜ新たに「発達障害」という名称でこれらをひと括りにするのか? ひと括りにすることで個々の障害の境界がぼやけ、誤解や混乱も生んだという指摘もある。日詰正文・厚生労働省発達障害対策専門官は、こう解説した。

「普通の育児ではうまくいかず親が困っていたり、本人がみんなと同じようにやっているのにうまくいかず困っていたり。そんな当事者たちの困り事に対する適切な対応の『コツ』が、世界中の学者や支援者が開発したノウハウから日々わかってきています。さまざまなコツが発達障害というキーワードで見つかりますよ、コツを知れば今よりも楽になるかもしれないですよ。そんなメッセージを発信するために発達障害というゆるやかなゾーンが設けられたのです」

 日詰さんは、「メタボリックシンドローム(メタボ)」同様、意識喚起の用語なのだと付け加えた。もっとも、メタボと発達障害とでは大きな違いがある。メタボは内臓脂肪を減らすことにより解消できる。それに対し、発達障害は、脳機能の発達が関係する生まれつきの障害であり、根本的に治るものではない。

●話しかけに一切無視

 発達の過程で明らかになるため、生まれてすぐに診断できるわけではない。問診や行動観察などから診断するが、判定が難しい。グレーゾーンが多く、専門家であっても判断がつきにくいのが発達障害の難しいところだ。

 乳幼児健診などで発達障害の可能性がある子を拾い上げるスクリーニングも全国の自治体で実施されているが、発見できる割合は自治体ごとにバラツキがある。保健師らの勘や経験のみに頼っている現場もある。

 都内在住の母親は、話しかけても、何を働きかけても一切無視する長男にどう接していいのか、悶々と悩む日々が続いていた。心配して長男が3歳の頃に受診した最初の病院では、診断がつかず様子見となった。

「お母さん、子どもにちゃんと関わってあげている?」

 という医師の言葉に、「私のせい?」と自分を責めた。

 次に訪れた総合病院では、児童精神科医から前置きもなく「自閉症」と診断名だけ告げられた。先の見通しを聞いても、

「ここでお話しできることは何もありません。あとはソーシャルワーカーのところで」

 と突き放されるだけだった。

●視線で自閉症見分ける

 先端の研究では、科学的に9割程度の精度で見分けられる健診法も開発されている。浜松医科大学子どものこころの発達研究センターなどを中心とする研究チームが赤ちゃんの「視線」探索で自閉症児を見分ける装置を開発。自閉症児に見られる視線を合わせない症状や社会性の障害に着目した。乳幼児健診などでの活用を目指している。

 早期発見・早期診断は、世界の潮流になりつつある。根本的な治療はないものの、「適切な対応」で、社会生活上の困難は軽減できると考えられている。

 埼玉県戸田市にあるなかじまクリニックを訪ねると、5歳10カ月のケンタくん(仮名)は、会話のトレーニングを受けていた。母親と月に1度通う。発達障害の療育経験が豊富な小児科医の平岩幹男さん(65)が新幹線のおもちゃを差し出すと、ケンタくんは、「ありがと」と受け取った。平岩さんの「できたね! タッチ!」の掛け声で、ケンタくんはすかさずパチンッとハイタッチをかわした。

「じゃあ、こんどは新幹線を二つください」
「どうじょ」
「やった! できたね!」

 ここで再びハイタッチ。

 ケンタくんは1歳半健診で発達の心配があると指摘され、2歳で自閉症スペクトラムと診断された。病院の言語療法や地域のクリニックでの運動・生活指導、自治体主催の親子教室などを渡り歩いてきたが、5歳になるまで一切言葉を発しなかった。母親は当時を振り返る。

「この子とは一生コミュニケーションはできないのかなと、諦めていた時期もありました」

 ケンタくんと平岩さんとのやり取りにも、「適切な対応」のノウハウがいくつも詰め込まれている。他にも例えば、「スモールステップ」という考え方を取り入れた対応の仕方がある。少し頑張ればできそうな目標を手前におき、それがクリアできたらまずほめて、また小さな目標を与える。子どもが「できる」経験を積み重ねることで目標を達成しやすくするやり方だ。

●診断直後が危うい時期

 日本で自治体が行う発達支援の通所サービスは、小集団での療育が中心。半年待ち、1年待ちはざらだ。児童デイサービスなど民間の療育施設は「発達支援サービスの規制緩和もあり増えたが、その内容も質も玉石混交」(平岩さん)という。

 せっかく適切な対応の「コツ」が存在しても、そのノウハウを伝達する適切な機関や専門家につながれなければ、「早期発見、早期絶望」になりかねない。発達障害の診断が早期化しても、レッテルだけ貼られて行き先のない漂流者を増やすだけだ。

 東京都自閉症協会役員の小川高根さんは、こう指摘する。

「子どもの障害を受容するまでの過程は人によって様々で、時間もかかります。診断されて間もない未就学の頃が、親たちが一番つらく危うい時期。その時こそ周囲の支えが必要です」

 小川さんは息子が3歳の時に自閉症と診断され、1年近く子どもの寝顔を見ては毎晩のように涙を流した。今はアロマテラピーの教室を開き、自閉症の子を持つ母親にもアロマの効用を伝える。

「息子の将来を思うと、一緒に死んだほうがいいのではと思いつめた時期もあった。悩みつつ、障害を受け入れつつ、前を向いて歩けるようになりました」

●「普通」より笑顔が大切

 厚労省では、子どもの育ちが心配と感じた早期からの親子支援を急ぐ。専門家による「ペアレント・トレーニング」に加え、保育士ら地域にすでにある人材を活用する「ペアレント・プログラム」も支援策の一つと位置づけた。だが「ペアトレ」「ペアプロ」を合わせても、全国での実施は231市町村だけだ。

 支援の仕組みがうまく機能していない現状もある。16年度予算で464億円投じる地域拠点の「発達障害者支援センター」の約6割は民間の法人に委託されているが、一部は丸投げ状態だとも聞く。本来は、都道府県や政令市がセンターの活動をバックアップすることが重要だが、そのための中核となるべき「発達障害者支援体制整備検討委員会」がうまく機能していない。そもそも委員会さえ設置していない自治体が6カ所ある。

「支援制度の普及はこれから。今年度からは国として各地に出向き、支援強化の普及活動を展開していきます」(日詰さん)

 家庭で「早期療育」に取り組む親も多い。子のために「いまやれること」があるのは、親として希望でもある。だが、自宅で療育を頑張る最中、母親がうつになり、父親が仕事を休んで手伝ったというケースもある。

 中学生になった息子がいる自閉症療育アドバイザーのshizuさんは、こう助言する。

「私自身、療育に集中しすぎて息子が『普通』になることを目指していた時期もありました。でも、そこを目指すとキツキツになる。大切なのは子どもが笑顔で生活できること、幸せになれること。そして少しずつ取り組むこと。プログラムが全部できなくても、お母さんがゆるんでいるほうが、長い目で子どもにとっていいと思うんです」


※AERA 2016年5月23日号

 

 

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