意外に多い“大人の”発達障害

「こころとそだちのクリニック むすびめ」院長 田中康雄 構成=Top communication



職場に「どこか話が噛み合わない人」はいないだろうか。

たとえば目立って遅刻が多いのに「移動時間を間違えた」とか「出発前に急に別のことがしたくなった」とか悪びれたところのない人。また机に書類を山と積んでいる人。隣のデスクにはみ出しそうなのを見かねて「ちょっと片づけたら」と言っても「このほうが落ち着くんだ」と意に介さない。

「それがトラブルの原因となり、本人も“生きづらさ”を感じているなら、発達障害を疑ってみたほうがいいですね」と話すのは臨床精神医学が専門の田中康雄氏。1990年代から子どもを中心に発達障害に苦しむ人たちを診察し、札幌市で開院した「こころとそだちのクリニック むすびめ」には、北海道外から来院する人もいる。


「本人に悪気はありません。自分の気持ちに正直に生きているだけです」

発達障害の疑いがある人は、一般社員に限らない。むしろ、周囲への影響が大きいのは管理職だろう。思いつきで仕事の指示を出し、その日のうちに正反対の指示を出すなど、振りまわされる部下たちは大変だ。一流大学出身で社内の地位は高く、仕事ができそうなタイプでも、実は発達障害を抱えているケースはあるという。

「流通業にお勤めのある患者さんは、口八丁手八丁でお客さんに商品をすすめるのが得意。その販売実績を買われて、本社の戦略部門に大抜擢されて管理職になりました。ところが、重要な企画会議でも落ち着いて討議ができない。周囲とぶつかるようになり、上司批判や他人攻撃のメールをあちこちに発信して問題になりました」

そんな子どもっぽい行動に走る人がいる一方で、冷静に自分が管理職に向かないと自覚している人もいる。

「昇進の時期が近づくと、管理職にされないかと不安でたまらない人がいます。自分には部下の気持ちを推し量る能力などないと恐れていました」



子どものころに「○○博士」と呼ばれたタイプ


発達障害は大きく、注意欠如・多動症(ADHD)と自閉スペクトラム症(ASD)の2タイプに分類される。この名称は、2013年に発行されたアメリカ精神医学会の診断基準DSM-5に依る。

ADHDタイプは集中力が続かない、落ち着きがない、じっとしていられないなどの特性がある。気持ちや考えがコロコロ変わるので周りをイライラさせ、思い込みが強くて早合点が多く、何ごとも突っ走ってしまいがち。たとえていえば「狩猟民族」タイプだ。

一方、ASDタイプは人づきあいが苦手で、ルールや言葉づかいに厳格といった特性がある。これまで年齢や症状によって自閉症、アスペルガー症候群などの診断名となっていたが、DSM-5からは、それらはひとつながりの障害群とみなされている。興味のあることに没頭するので、子どものころに「○○博士」と呼ばれることもある。こちらは「農耕民族」タイプだ。

タイプ分けはあっても、実際は両方の特性を併せ持つこともある。田中氏は「発達障害は特別なものではなく、誰もが多かれ少なかれ同じ特性を持っています。その特性が顕著であり、失敗やトラブルが生活に支障をきたせば、医学的に発達障害と認められることが多いというだけ」と解説する。


10年以上前には、発達障害は子ども特有の症状で成長とともに改善するという見方が強く、専門医でも「大人に発達障害はない」と考える人は多かった。しかし研究が進み、その原因が脳機能の障害だとわかってきた。近年は、職場や家庭でトラブルを抱え、“生きづらさ”を感じる大人が専門医を訪れるケースが増えているという。

「本人が『自分は発達障害かも』と疑って受診するだけでなく、上司や同僚のすすめで来院する方もいます」

仕事上のミスが多く、本人も周りの人も困っている場合は、発達障害の診断が下りることが比較的多い。ただし仕事がうまくいかないからといって、すぐに「発達障害」のレッテルを貼るのは危険だと田中氏は指摘する。


「上司と事あるごとに対立し、『おまえは発達障害だから病院で診てもらえ』と言われ、『上司の間違いを証明したい』と来院された方がいました。診察すると、その方はやはり発達障害でなく、単にその上司と性格が合わないだけでした」

何でも発達障害に結びつけるのは間違いだが、発達障害と診断されて本人の救いになることもある。32歳で発達障害と診断された笹森理絵さんは、田中氏との共著『「大人の発達障害」をうまく生きる、うまく活かす』(小学館新書)の中でこう吐露している。


「上司や先輩職員から叱られてばかりで、とくに自分の理解力のなさには、我ながらほとほと情けなくなりました。子どものころから、『私はなにをやってもダメだ』という気持ちを抱いていましたが、ほかの人には難なくできる仕事が、自分にだけできないケースが増えてきたのです。それどころか、会話すら周囲の人たちと噛み合わず、困り果ててしまいました。(中略)私が生きづらいと感じていたことは、私のせいではなくて『障害』によるものだったのです。(中略)本当に救われる思いがしました」

笹森さんのケースのようにトラブルの原因が明らかになることで、職場や家庭によりよい環境をつくるきっかけになることもあるのである。




いつもギリギリ、遅刻常習者への処方箋


職場に発達障害の人やその傾向が強い人がいる場合、上司や同僚はどのように対応すればよいのか。冒頭の例で処方箋を示してみよう。

遅刻常習者によくあるのが、移動の最短時間しか考えないケース。電車待ちや乗り換えの時間、つまり“時間のノリシロ”が計算になく、出発時刻はいつもギリギリ。今はネットで移動時間が調べられるから、その出発時刻を徹底して守るようにアドバイスしよう。

また、アナログ時計を見た瞬間、針の位置が残像となる人もいる。出発30分前に時計を見たら、いつまでも「あと30分ある」と思い込むのだ。デジタル時計ならそれが起こらない人がいるので、ぜひ試してもらいたい。


デスクに書類の山をつくる人は、まず散乱する書類を1つの箱に移動させ、定期的に箱から不要なものを捨てるようにする。初めのうちは「毎週月曜の午前中」など整理作業の日時を予定に組み込み、上司や同僚が一緒に作業を手伝う。本人が手順を覚えたら、「今日の午前中は箱の整理だね」と声をかけて、忘れるのを防ぐようにする。

管理職の場合は、実際に田中氏がアドバイスした内容が参考になる。まず、売り場から戦略部門に抜擢された人の場合。

「本人の希望もあったので、私から上司に発達障害の特性を説明し、彼が能力を発揮できる元の売り場に戻したらどうですか、とすすめました」

管理職への昇進が不安だった人は、発達障害の診断が解決の道を開いた。

「私が『発達障害の可能性が高いですね』と伝えたらご本人は大よろこび。『昇進の話がきたら、その診断書を見せて、私には無理ですと断ればいいですね』と晴れ晴れとしていました」

いずれも、自分の能力が発揮できる現場で働く道を探った形だ。本人たちが活き活きと働くほうが、結果的に会社の利益にもつながる。狩猟民族系のADHDタイプは、たとえばセールスの仕事などは得意だし、農耕民族系のASDタイプは研究者や技術者に適しているということがある。




指示出しは話す場所、話の順序に注意


発達障害がある人に多い悩みは「仕事の指示が理解できない」というもの。

発達障害に見られる特性の1つに、感覚の異常がある。たとえば視覚が弱いと、視力とは関係なく、文字情報など目から入る情報が理解しにくい。逆に聴覚が過敏で、上司が話すときに耳から雑音が入ってくると、そのほうに気を取られて頭に入らないことがある。

加えて仕事の進め方が常に“自分流”で、状況変化やルール変更に対応できないこともある。

仕事の指示を出すとき、まず気をつけたいのが周囲の環境。他人の存在を気にするタイプには、オフィスなど人が多い場所では指示を出さない。目や耳に余計な刺激が入らないように、密閉された会議室を使うのも一案だ。


話し方にもコツがある。初めに今進めている仕事の状況を尋ね、残りの仕事を本人から説明してもらう。そのうえで今日の仕事を指示するが、そのとき話の順序が重要になる。

「Aの仕事、BとCの仕事、この3つを仕上げてください。今日中に」と話したら、最後の「今日中に」が頭に残り、「今日はたくさん仕事がある!」とパニックに陥りやすい。このような場合は、「これから今日の仕事を説明します。A、B、Cと3つの仕事があって、まずAは……」と順序立てて話せば相手は重荷に感じることはない。


聴覚情報が抜け落ちやすい人には、紙に書いて視覚情報で説明する。逆に視覚情報に弱い人は、文章を読んでも「行飛ばし」といって情報が抜け落ちることがある。紙に書いた説明を一緒に読みあわせすれば両方に対応できる。

最後に、指示が理解できたかを確認することも重要だ。発達障害のある人に「わかった?」と聞くと、オウム返しに「わかりました」と答えがち。しかし理解したのは1~2割ということも珍しくない。そこで本人に、仕事の内容や手順を復唱させる。その場で質問を受け、さらに「午後3時から4時は質問に来ていいよ」と相談タイムを決めておくと安心する。


「仕事の指示にそこまで神経をつかうのか」と面倒に思って発達障害の社員を排除すれば、自らマネジメント力の低さを暴露するようなもの。アメリカでは、スティーブン・スピルバーグ、トム・クルーズなど発達障害をカミングアウトしたIT企業の創業者やハリウッドスターといった有名人も多い。発達障害の特性をプラスに転換して偉業を成し遂げた人たちだ。

発達障害の特性は、見方を変えれば、他人にない特殊能力でもある。ビジネスに活かすこともできるのだ。

田中氏が言うように、誰でも多かれ少なかれ発達障害の特性は見られる。発達障害の人がわかりやすい仕事の指示は、誰にとっても理解しやすく、発達障害の人が働きやすい職場は、万人にとって働きやすい。

ダイバーシティの時代に、誰もが能力を発揮できる職場環境は、意外とそこから生まれるのかもしれない。



PRESIDENT Online から引用  2015.9.30

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